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前回の記事では、キャリアの主体が組織から個人へと移行するパラダイムシフトを確認しました。この移行に伴い、避けて通れない問いが浮上します。「成功」とは何か、という問いです。
組織主導型キャリアにおいて、成功の定義は明快でした。地位が上がること、給与が増えること、名刺に刻まれる肩書が立派になること。これらは「客観的成功」と呼ばれ、誰の目にも見え、比較可能な指標でした。
しかし、キャリアの主体が個人に移った今、この定義は見直しを迫られています。ダグラス・T・ホールが提唱したプロティアン・キャリアの核心には、「心理的成功」という概念があります。本記事では、この成功尺度の転換が持つ意味を探っていきます。

客観的成功の限界

「勝ち組」の虚しさ
昭和から平成にかけて、ビジネスパーソンの成功は明確でした。一流大学を卒業し、一流企業に就職し、出世街道を駆け上がります。部長になり、取締役になり、社長になる。この「キャリアの階段」を登ることが、成功の証でした。
しかし、この「勝ち組」とされた人々の中に、深い虚しさを抱える人が少なくないことが明らかになっています。役員室にたどり着いても、「これが自分の望んだ人生だったのか」と問い直す人がいます。退職後に「会社人間」だった自分に愕然とする人がいます。
客観的成功は、それ自体に問題があるわけではありません。問題は、客観的成功を「目的」として追求したとき、自分自身の価値観から乖離したキャリアを歩んでしまうリスクがあることです。
比較の罠
客観的成功には、もう一つの問題があります。それは本質的に「比較」を前提としていることです。
部長になったとしても、同期が取締役になれば「負け」を感じます。年収1000万円を達成しても、隣人が1500万円稼いでいれば「不足」を感じます。客観的成功は常に相対的であり、どこまで行っても「上」が存在します。
この比較の罠にはまると、永遠に満足は訪れません。次の役職、次の年収、次のステータス。常に次を追い求め、今の達成を喜べなくなります。これは「ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)」と呼ばれる現象であり、客観的成功の追求が幸福に直結しない理由の一つです。
心理的成功とは何か

ホールの定義
ダグラス・T・ホールは、プロティアン・キャリアにおける成功を「心理的成功」として定義しました。心理的成功とは、仕事を通じて得られる「誇り、自己肯定感、成長実感、満足感」といった内面的な報酬を指します。
重要なのは、心理的成功が「客観的成功の否定」ではないという点です。地位や給与を得ることが悪いわけではありません。ただし、それらは心理的成功を追求した「結果」として得られるものであり、「目的」そのものではありません。
たとえば、自分の価値観に基づいて仕事に打ち込み、顧客に価値を提供し、成長を実感している人は、結果として評価され、昇進し、収入が増えることが多いです。しかしその人にとって、昇進や収入は目的ではなく、価値提供の副産物です。
心理的成功の構成要素
心理的成功は、以下のような要素から構成されます。
1. 意味(Meaning)
自分の仕事に意味を見出していること。「何のために働いているのか」という問いに、納得のいく答えを持っていること。
2. 自己効力感(Self-efficacy)
自分には価値を生み出す能力があるという確信。困難な課題に直面しても、「きっと対応できる」と思えること。
3. 成長実感(Growth)
昨日の自分より今日の自分が成長しているという実感。新しいスキルを身につけ、新しい視点を獲得していること。
4. 自律感(Autonomy)
自分のキャリアを自分で決定しているという感覚。「やらされている」のではなく「やっている」という実感。
これらの要素は、外部から与えられるものではありません。自らの内面から湧き上がるものです。だからこそ、心理的成功は他者との比較に左右されず、持続的な満足をもたらします。
出典
※1 パーソル総合研究所「キャリア自律に関する調査結果」(2021年)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000550.000016451.html