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COLUMN 学習コンテンツ
前回の記事で、プロティアン・キャリアの2つの構成要素——「アイデンティティ」と「アダプタビリティ」——を解説してきました。アイデンティティは「自分は何者か」という不変の軸であり、アダプタビリティは環境変化に対応する変化対応力です。
一見すると、この2つは矛盾するように見えます。「変わらない」ことと「変わる」ことを、どう両立させるのでしょうか。本記事では、プロティアン・キャリアの核心である、アイデンティティとアダプタビリティを掛け合わせて価値を最大化する方法を解説します。
目次
なぜ「乗算」なのか

加算ではなく乗算
アイデンティティとアダプタビリティの関係は、「加算」ではなく「乗算」として理解すべきです。
加算の場合
アイデンティティ + アダプタビリティ = 合計値
乗算の場合
アイデンティティ × アダプタビリティ = 積
乗算の特徴は、どちらか一方がゼロであれば、結果もゼロになることです。
アイデンティティが明確でも(例:5)、アダプタビリティがゼロであれば、結果はゼロ(5 × 0 = 0)です。自分が何者かを知っていても、それを実現する能力がなければ、キャリアは停滞します。
逆に、アダプタビリティが高くても(例:5)、アイデンティティがゼロであれば、結果はやはりゼロ(0 × 5 = 0)です。どんなに変化に対応できても、自分の軸がなければ、方向性を失い漂流します。
両方が備わったとき(5 × 5 = 25)、初めて大きな価値が生まれます。これが「乗算」の意味です。
ダグラス・T・ホールとマーク・L・サビカスの視点
この乗算関係は、異なる理論家によって補完的に説明されています。
ダグラス・T・ホールの視点
アイデンティティとアダプタビリティは「両輪」として並列的に扱われます。どちらも不可欠なメタ能力であり、プロティアン・キャリアを支えます。
マーク・L・サビカスの視点
アイデンティティ(自己概念)は目的や方向性であり、アダプタビリティはアイデンティティを「実現するための手段」として位置づけられます。
両者の視点を統合すると、乗算戦略の意味が明確になります。
アイデンティティ(不変の軸 = Why) が、アダプタビリティ(変化対応 = How) の方向性を導きます。
乗算戦略の実践

アイデンティティとアダプタビリティ
乗算戦略の実践においては、アイデンティティが先行し、アダプタビリティが追従するという順序が重要です。
まず「自分は何を大切にするのか」(アイデンティティ)を明確にします。その上で「その価値を実現するために何を学び、どう適応するか」(アダプタビリティ)を決定します。
この順序を逆にすると、問題が生じます。「市場で求められているスキルは何か」から出発すると、確かに短期的には適応できるかもしれません。しかし、そのスキルが自分のアイデンティティと乖離していれば、長期的には燃え尽きや虚しさを招きます。
具体例:キャリアアンカー別の乗算戦略
キャリアアンカーに基づいて、乗算戦略を具体化してみましょう。
例1)専門・職能別コンピタンス × アダプタビリティ
- アイデンティティ:特定分野の専門家でありたい
- アダプタビリティの方向性:その分野の最新知識を継続的に学習する、隣接領域にも視野を広げる
- 実践:専門誌の定期購読、学会への参加、関連分野のオンライン講座受講
例2)自律・独立 × アダプタビリティ
- アイデンティティ:自分のやり方で仕事をしたい
- アダプタビリティの方向性:フリーランス・独立に必要なスキルを習得する、複数の収入源を確保する
- 実践:マーケティングスキルの習得、副業の開始、人脈の多様化
例3)奉仕・社会貢献 × アダプタビリティ
- アイデンティティ:社会課題の解決に貢献したい
- アダプタビリティの方向性:社会課題を解決する手段(技術、制度、ビジネスモデル)を学ぶ
- 実践:ソーシャルビジネスの事例研究、NPO活動への参加、社会起業家との交流
二つの落とし穴

落とし穴① = アイデンティティなきアダプタビリティ
アイデンティティを持たずにアダプタビリティだけを発揮すると、「日和見主義」に陥ります。
市場で求められるスキルを次々と習得し、転職を繰り返しますが、一貫したキャリアストーリーが築けません。履歴書には多様な経験が並びますが、「結局、この人は何者なのか」が見えてきません。
このタイプは、短期的には適応できているように見えます。しかし、市場の変化に振り回されるだけで、自分の意志でキャリアを創造しているとは言えません。結果として、「何でもできるが、何も極めていない」という中途半端な状態に陥ります。
落とし穴② = アダプタビリティなきアイデンティティ
逆に、アイデンティティは明確だがアダプタビリティが欠如していると、「硬直した理想論」に陥ります。
「自分はこういう人間だ」「自分にはこの仕事しかない」という信念は強いです。しかし、環境が変化しても自分を変えることができません。結果として、市場から取り残され、自分の価値を発揮する場を失います。
このタイプは、過去の成功体験に固執しがちです。「以前はこれでうまくいった」という経験が、変化への抵抗になります。しかし、過去の成功法則が未来でも通用する保証はありません。
変わるものと変わらないもの

変わらない = 価値観、志向性、人生の方向性
アイデンティティの核心部分——自分が何を大切にするのか、どのような人生を送りたいのか——は、基本的に変わりません。
もちろん、アイデンティティも人生の節目で深化したり、再構築されたりすることはあります。しかしその場合でも、以前のアイデンティティが完全に否定されるわけではなく、より深い次元で統合されていきます。
変わる = スキル、知識、手段、所属する組織
一方、アイデンティティを実現するための「手段」は、柔軟に変化させるべきです。
「専門家でありたい」というアイデンティティを持つ人は、その専門分野が変わっても、専門性を追求する姿勢は変わりません。ただし、20年前の専門知識をそのまま使い続けることはできません。知識やスキルは継続的にアップデートされます。
「社会貢献したい」というアイデンティティを持つ人は、貢献の手段が変わっても、貢献したいという志向は変わりません。NPO活動から始め、社会起業に移行し、最終的には投資家として社会課題解決を支援する——このような変化は、アイデンティティの放棄ではなく、実現手段の進化です。
乗算戦略のワークシート
以下のワークシートを使って、自分の乗算戦略を設計してみましょう。
<Step 1>アイデンティティの明確化
<Step 2>現在のアダプタビリティの棚卸し
✅ 4C(関心・統制・好奇心・自信)のセルフチェック結果はどうでしょうか?
✅ 過去1年間で新しく学んだスキルは何でしょうか?
✅ 現在取り組んでいる学習・自己啓発は何でしょうか?
<Step 3>乗算戦略の設計
✅ アイデンティティを実現するために、今後身につけるべきスキルは何でしょうか?
✅ そのスキルを習得するための具体的なアクションは何でしょうか?
✅ いつまでに、どのレベルまで習得しますか?
<Step 4>リスクの点検
✅ アイデンティティに固執しすぎて、必要な変化を拒んでいませんか?
✅ 市場の変化に追随するあまり、自分の軸を見失っていませんか?
まとめ
今回の記事では、プロティアン・キャリアの核心である「乗算戦略」について解説しました。アイデンティティとアダプタビリティは、加算ではなく乗算の関係にあります。どちらか一方がゼロであれば、結果もゼロになるという特性が、この関係の本質を表しています。両方が備わったとき、初めて大きなキャリア価値が生まれるのです。
乗算戦略を実践する上で重要なのは、アイデンティティが先行し、アダプタビリティが追従するという順序です。まず「自分は何を大切にするのか」を明確にし、その上で「その価値を実現するために何を学び、どう適応するか」を決定します。この順序を逆にすると、市場の変化に振り回される日和見主義に陥る危険があります。
また、アイデンティティなきアダプタビリティは、一貫性のないキャリアストーリーを生み、「何でもできるが、何も極めていない」状態を招きます。一方、アダプタビリティなきアイデンティティは、環境変化に対応できず、硬直した理想論に陥ります。
乗算戦略の実践においては、変わらないもの(価値観、志向性、人生の方向性)と変わるもの(スキル、知識、手段、所属する組織)を明確に区別することが重要です。自分のキャリアアンカーに基づいて、アダプタビリティの方向性を具体化することで、乗算戦略を日々の行動に落とし込むことができます。次回は、既存スキルの深化と新領域の探索を両立させる「両利きのキャリア」について解説します。