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2026.01.02 キャリア相談・コーチング

キャリア・トランジションの全体像|#08 プロティアン・キャリア戦略

キャリア・トランジションの全体像|#08 プロティアン・キャリア戦略

キャリアにおいて、変化は避けられません。転職、異動、昇進、降格、組織再編、業界の構造変化——これらの「トランジション(転機)」は、誰のキャリアにも訪れます。

従来のキャリアモデルでは、トランジションは「例外的な出来事」であり、できるだけ避けるべきものとされてきました。しかしプロティアン・キャリアの視点では、トランジションは「成長の機会」です。変化を恐れず、むしろ活用することで、キャリアは発展していきます。

本記事では、キャリア・トランジション研究の知見を整理し、変化を乗り越えるための実践的な指針を提示します。

トランジション理論の基礎

ブリッジズの3段階モデル

キャリア・トランジション研究の古典として、ウィリアム・ブリッジズの「トランジション・モデル」があります。ブリッジズは、トランジションを「変化(Change)」と区別し、以下の3段階で捉えました。

第1段階:終焉(Ending)
何かが終わる段階。以前の役割、アイデンティティ、慣れ親しんだ環境との別れです。この段階では、喪失感や不安を感じることが自然です。

第2段階:中立圏(Neutral Zone)
古いものと新しいものの間にいる移行期間。不確実性が高く、混乱や不安を感じやすいですが、同時に新しい可能性が開かれる創造的な時期でもあります。

第3段階:開始(New Beginning)
新しい役割やアイデンティティを確立する段階。新しい環境に適応し、成長を実感できるようになります。

重要なのは、「変化」は外部から起きる出来事(転職、異動など)であるのに対し、「トランジション」は内面的なプロセスであるという点です。外部の変化が起きても、内面のトランジションが完了しなければ、真の適応は実現しません。

シュロスバーグの4S理論

ナンシー・シュロスバーグは、トランジションへの対処リソースを「4S」として整理しました。

1. 状況(Situation)
トランジションの特性を評価します。自分が選んだ変化か、強いられた変化か。予期していたか、突然だったか。経験したことのある変化か、初めてか。

2. 自己(Self)
自分自身の特性を把握します。変化への耐性、楽観性、自己効力感、過去のトランジション経験など。

3. サポート(Support)
活用できる支援を確認します。家族、友人、同僚、上司、メンター、専門家(キャリアカウンセラーなど)からのサポート。

4. 戦略(Strategies)
対処のための行動を計画します。情報収集、スキル習得、ネットワーク構築、ストレス管理など。

トランジションへの適応力は、この4つのリソースの総合力で決まります。一つが弱くても、他の要素で補完できます。

トランジションの類型

予期したトランジションと予期しないトランジション

予期したトランジションには、計画的な転職、定年退職、昇進などが含まれます。事前に準備ができるため、比較的対処しやすいです。

予期しないトランジションには、解雇、降格、事業撤退、会社の倒産などが含まれます。心理的な衝撃が大きく、対処が難しいです。しかし、予期しないトランジションこそが、キャリアの大きな転換点となることも多いです。

ノン・イベント・トランジション

シュロスバーグは「ノン・イベント・トランジション」という概念も提唱しました。これは「起こると期待していたことが起こらなかった」場合のトランジションです。

例えば、期待していた昇進が見送られた、希望していた異動が実現しなかった、といったケースです。目に見える出来事が起きていないため、周囲からの理解やサポートを得にくいです。しかし本人にとっては、実際の変化と同様に大きな心理的影響を持ちます。

トランジションを乗り越える実践

第1段階(終焉)の乗り越え方

終焉の段階では、喪失感を否定せず、しっかりと感じることが重要です。

やるべきこと

  • これまでの経験、人間関係、成果を振り返り、価値を認めます
  • 失ったものを具体的に言語化します
  • 必要であれば、信頼できる人に話を聴いてもらいます

避けるべきこと

  • 「大したことではない」と感情を抑圧します
  • すぐに次のことに取りかかろうとして、喪失を処理しません
  • 過去に執着し続けます

第2段階(中立圏)の乗り越え方

中立圏は、最も困難だが最も創造的な段階です。

やるべきこと

  • この時期が「必要なプロセス」であると認識します
  • 小さな実験を繰り返し、新しい可能性を探ります
  • 日記やジャーナリングで自分の思考を整理します
  • 新しい人との出会い、新しい情報への接触を増やします

避けるべきこと

  • 早く安定したいがために、最初に見つかった選択肢に飛びつきます
  • 不確実性から逃げるために、過去のやり方に固執します
  • 孤立して一人で抱え込みます

第3段階(開始)の乗り越え方

開始の段階では、新しいアイデンティティを確立していきます。

やるべきこと

  • 小さな成功体験を積み重ね、自信を構築します
  • 新しい役割における期待を明確にします
  • 新しい環境での人間関係を積極的に築きます
  • 学習モードを維持し、フィードバックを求めます

避けるべきこと

  • 最初から完璧を求めます
  • 以前のやり方を新しい環境に押し付けます
  • 助けを求めることを恥ずかしいと思います

プロティアン・キャリアとトランジション

トランジションをアイデンティティ深化の機会とする

プロティアン・キャリアの視点では、トランジションはアイデンティティを深化させる機会です。

#04 プロティアン・キャリア戦略 で解説したように、アイデンティティは探求と確立、危機と再構築のプロセスを経て発達します。トランジションは、まさにこの「危機と再構築」の契機となります。

転職や異動を通じて、「自分が本当に大切にしているもの」「絶対に譲れない価値観」が明確になることがあります。それまで当然と思っていたことが、実は自分のアイデンティティの核心であったと気づくのです。

トランジションをアダプタビリティ発揮の機会とする

トランジションは、アダプタビリティを発揮する機会でもあります。

サビカスの4Cで言えば、トランジションは特に「関心(Concern)」と「自信(Confidence)」を試す場面です。将来のキャリアへの関心を持ち続け、困難な状況でも「きっと対応できる」という自信を維持できるかが問われます。

サビカスの4C理論

1. 関心(Concern)
自分の将来のキャリアを長期的視点で考える能力。「5年後、10年後にどうなっていたいか」という問いに向き合う姿勢。サビカスによれば、これは4つの次元のうち最も重要とされます。

2. 統制(Control)
キャリアを自分でコントロールする感覚。「自分のキャリアは自分で決める」という意識を持ち、キャリア選択に責任を持つ姿勢。

3. 好奇心(Curiosity)
好奇心を持って自分の可能性を周囲に探索すること。新しい機会や選択肢に対する開放性。専門外の分野にも関心を持ち、学ぶ姿勢。

4. 自信(Confidence)
どのような環境であっても自分は対応できると考えて行動に移すこと。困難な課題に直面しても「きっとやれる」と思える自己効力感。

トランジションを乗り越えた経験は、次のトランジションへの自信となります。「以前も乗り越えられたから、今回も大丈夫」という確信が、アダプタビリティの基盤となります。

日本企業におけるトランジションの特殊性

異動という日本的トランジション

日本の大企業では、定期的な人事異動が一般的です。これは欧米ではあまり見られない、日本特有のトランジションです。

異動は、本人の希望とは関係なく行われることが多いです。突然、全く異なる部署や職種に配置されることもあります。この「強制的なトランジション」をどう捉えるかが、プロティアン・キャリアの実践において重要になります。

従来型キャリアの視点では、異動は「会社に決められた運命」です。しかしプロティアン・キャリアの視点では、異動は「新しい経験を積む機会」として再解釈できます。

役職定年・出向というトランジション

日本企業特有のトランジションとして、役職定年や出向があります。これらは、表面的には「降格」や「左遷」と捉えられがちですが、プロティアン・キャリアの視点では異なる解釈が可能です。

役職定年は、マネジメントから解放され、専門性を活かした貢献に集中できる機会と捉えることができます。出向は、新しい環境で自分の能力を試し、ネットワークを広げる機会と捉えることができます。

重要なのは、外部からの変化(役職定年、出向という事実)と、内面のトランジション(それをどう意味づけるか)を分けて考えることです。

まとめ

本記事では、キャリアにおける変化の転機であるトランジションの全体像を解説しました。トランジションは、外部から起きる「変化」とは異なり、内面的な適応プロセスを指します。外部の変化が起きても、内面のトランジションが完了しなければ、真の適応は実現しません。

ウィリアム・ブリッジズが提唱した3段階モデルは、トランジションを理解する古典的な枠組みです。第1段階の「終焉」では喪失感を否定せず感じること、第2段階の「中立圏」では不確実性を創造的に活用すること、第3段階の「開始」では小さな成功体験を積み重ねることが重要です。各段階において、やるべきことと避けるべきことを明確にすることで、トランジションを効果的に乗り越えることができます。

ナンシー・シュロスバーグの4S理論は、トランジションへの対処リソースを整理したものです。状況(Situation)、自己(Self)、サポート(Support)、戦略(Strategies)という4つの要素の総合力が、適応力を決定します。また、「期待していたことが起こらなかった」というノン・イベント・トランジションも、実際の変化と同様に大きな心理的影響を持つことを認識する必要があります。

プロティアン・キャリアの視点では、トランジションは単なる困難ではなく、成長の機会です。トランジションはアイデンティティを深化させる機会であり、「自分が本当に大切にしているもの」を明確にする契機となります。同時に、アダプタビリティを発揮する機会でもあり、トランジションを乗り越えた経験が次のトランジションへの自信となります。

最後に、日本企業特有のトランジション——異動、役職定年、出向——についても触れました。これらは表面的には「降格」や「左遷」と捉えられがちですが、プロティアン・キャリアの視点では成長機会として再解釈できます。外部からの変化と内面のトランジションを分けて考えることで、同じ出来事でも全く異なる意味を持つことができるのです。

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