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COLUMN 学習コンテンツ
前回の記事(プロティアン・キャリアの構成要素 ~ 「アイデンティティ」とは)では、プロティアン・キャリアの第一の柱である「アイデンティティ」について解説しました。アイデンティティは「変わらない軸」として機能します。しかし、変化の激しい現代においては、軸を持つだけでは不十分です。
今回の記事では、プロティアン・キャリアの第二の柱である「アダプタビリティ(Adaptability)」を取り上げます。アダプタビリティとは、環境の変化に応じて新たな知識・スキルを習得し、柔軟に対応できる「変化対応力」および「学習能力」を指します。
アイデンティティとアダプタビリティは、プロティアン・キャリアの両輪です。どちらが欠けても、変幻自在のキャリアは実現しません。
目次
アダプタビリティの理論的基盤

ホールの定義
ダグラス・T・ホールは、アダプタビリティを「適応コンピテンス(能力)」と「適応モチベーション(動機)」の2つの側面から捉えました。
適応コンピテンスは、以下の3つの要素から構成されます。
- アイデンティティの探索
自己に関するより完全かつ正確な知識を得ようとする継続的な努力 - 反応学習
環境からのサインに気づき、変化への要求に効率的に対応する能力 - 統合力
環境への適応的な行動と個人のアイデンティティを一致させる能力
適応モチベーションは、これらのコンピテンスを発展させ、現状に応用しようとする意思です。能力があっても動機がなければ、適応は起きません。逆に言えば、動機さえあれば、能力は後からついてくる可能性があります。
サビカスの4C理論
アダプタビリティをより実践的に理解するために有用なのが、マーク・L・サビカスが提唱した「キャリア適応力の4C」です。サビカスは、キャリア適応力を以下の4つの次元で整理しました。
1. 関心(Concern)
自分の将来のキャリアを長期的視点で考える能力。「5年後、10年後にどうなっていたいか」という問いに向き合う姿勢。サビカスによれば、これは4つの次元のうち最も重要とされます。
2. 統制(Control)
キャリアを自分でコントロールする感覚。「自分のキャリアは自分で決める」という意識を持ち、キャリア選択に責任を持つ姿勢。
3. 好奇心(Curiosity)
好奇心を持って自分の可能性を周囲に探索すること。新しい機会や選択肢に対する開放性。専門外の分野にも関心を持ち、学ぶ姿勢。
4. 自信(Confidence)
どのような環境であっても自分は対応できると考えて行動に移すこと。困難な課題に直面しても「きっとやれる」と思える自己効力感。
この4Cは、「CAAS(Career Adapt-Abilities Scale)」として尺度化されており、数か国語に翻訳され、国際的に活用されています。日本語版(CAAS-J)も開発済みで、若年労働者を対象に信頼性・妥当性が検証されています。
アダプタビリティのセルフチェック

4Cに基づく自己診断
以下の質問に、1(全くそう思わない)〜5(とてもそう思う)で答えてみましょう。
関心(Concern)
- 私は自分のキャリアの将来について考える時間を定期的に取っています
- 私は長期的なキャリア目標を意識して日々の仕事に取り組んでいます
統制(Control)
- 私は自分のキャリアは自分で決めるものだと思っています
- 私は環境に流されるのではなく、自ら選択していると感じています
好奇心(Curiosity)
- 私は自分の専門外の分野にも関心を持ち、学んでいます
- 私は新しい機会や選択肢に対して開放的です
自信(Confidence)
- 私は新しい環境や課題に直面しても、きっと対応できると思います
- 私は困難な状況でも諦めずに取り組めます
3点以下の項目があれば要注意です。その次元を意識的に強化することが、アダプタビリティ向上の鍵となります。
アダプタビリティを高める実践

すぐに始められるメタ認知トレーニング
アダプタビリティの基盤となるのが「メタ認知」——自分の認知活動を客観的に把握し、コントロールする能力——です。変化の激しい環境で、自分の行動が正しいかを見極め、必要に応じて修正する力です。
1. マインドフルネス(1分から開始)
- 椅子に座り、背筋を伸ばします
- 鼻から3秒吸って、3秒吐きます
- 呼吸だけに意識を向けます
- 1分から始め、徐々に時間を延ばします
2. セルフモニタリング
- 「今、自分は何を考えている?」と問いかけます
- 「今、自分はどんな気分?」と確認します
- 「今の自分の行動は、目標に向かっている?」と振り返ります
3. ライティングセラピー
- 今日の感情や考えを、10分間とにかく紙に書き続けます
- 文法や構成を気にせず、思いつくままに書きます
- 感情を可視化することでメタ認知が促進されます
リスキリングの実践
アダプタビリティを高める最も直接的な方法は、新しいスキルを学ぶこと——リスキリング——です。
経済産業省の「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」のデータ(2024年9月末時点)によれば、リスキリング・プログラムを完了し転職した人のうち、62.3%が年収増加を達成しています※1。さらに、25.7%が年収30%以上の増加を実現しています。
この数字は、リスキリングが単なる自己啓発ではなく、具体的な経済的リターンをもたらす「投資」であることを示しています。
無料で始められるオンライン学習リソース:
- Schoo(スクー): 生放送授業が無料(https://schoo.jp/)
- マナビDX: 経済産業省推奨のデジタルスキル学習プラットフォーム
- 厚生労働省マイジョブ・カード: 自己診断と学習計画(https://www.job-card.mhlw.go.jp/shindan)
教育訓練給付金の活用
2024年10月から、教育訓練給付金が拡充され、最大192万円の給付が可能になりました。対象コースは約16,000講座です。リスキリングに取り組む際は、この制度の活用を検討しましょう。
「知行の溝」を越える

知っているけど、やっていない
アダプタビリティの重要性を「知っている」人は多いです。しかし、実際に「やっている」人は少ないです。この「知行の溝(Know-Do Chasm)」が、キャリア開発における最大の障壁です。
文化庁の「令和5年度 国語に関する世論調査」によれば、日本人の62.6%が1ヶ月に1冊も本を読まないという結果が出ています※2。学習の重要性は広く認識されているにもかかわらず、実際の学習習慣は定着していません。
総務省の調査では、学習・自己啓発への行動者率は、55歳以上の層でも上昇傾向にあります。「学びたい」という意志はあるのです。問題は、その意志を行動に移せていないことにあります。
溝を越えるための3つの戦略
1. 小さく始める
最初から大きな目標を掲げると、行動に移せません。まずは「1日5分」「週1回」といった、確実に実行できる小さな習慣から始めます。
2. 経済的インセンティブを意識する
「リスキリングで62.3%が年収増」という事実を、自分への動機付けとして活用します。学習は「コスト」ではなく「投資」です。
3. 環境を設計する
意志力に頼らず、環境を設計することで学習を習慣化します。通勤時間に音声学習を聴く、スマートフォンのホーム画面に学習アプリを配置する、といった工夫が有効です。
相互補完的な関係
アイデンティティ(W4)とアダプタビリティは、対立するものではなく、相互補完的な関係にあります。
アイデンティティは「何のために適応するのか」という方向性を与えます。アイデンティティなきアダプタビリティは、環境に流されるだけの「日和見主義」に陥る危険があります。
一方、アダプタビリティは「アイデンティティを実現する手段」を提供します。アダプタビリティなきアイデンティティは、自分の価値観を実現できない「硬直した理想論」に過ぎなくなります。
次回の記事で詳述する「乗算戦略」は、この両者を戦略的に組み合わせるアプローチです。
まとめ
この記事では、プロティアン・キャリアの第二の柱であるアダプタビリティについて解説しました。アダプタビリティとは、環境変化に応じて新たな知識・スキルを習得し、柔軟に対応できる変化対応力と学習能力を指します。
サビカスが提唱した4C(関心・統制・好奇心・自信)は、アダプタビリティを構成する4つの次元であり、セルフチェックによって自分の強みと課題を把握することができます。アダプタビリティの基盤となるのがメタ認知トレーニングです。マインドフルネス、セルフモニタリング、ライティングセラピーといった実践的な方法を通じて、自分の認知活動を客観的に把握し、コントロールする能力を高めることができます。
リスキリングは、アダプタビリティを高める最も直接的な方法です。経済産業省のデータによれば、リスキリング・プログラムを完了し転職した人のうち62.3%が年収増加を達成しており、学習は具体的な経済的リターンをもたらす投資であることが実証されています。しかし、多くの人が「知っているけど、やっていない」という知行の溝に直面しています。この溝を越えるには、小さく始める、経済的インセンティブを意識する、環境を設計するという3つの戦略が有効です。
アダプタビリティとアイデンティティは相互補完的な関係にあります。アイデンティティは「何のために適応するのか」という方向性を与え、アダプタビリティは「アイデンティティを実現する手段」を提供します。次回では、この両者を戦略的に組み合わせる「乗算戦略」について解説します。
出典
※1 経済産業省「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」
https://www.gyoukaku.go.jp/review/aki/R06/img/9_2_1_keizai.pdf
※2 文化庁「令和5年度 国語に関する世論調査」
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/94111701_03.pdf