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目次
はじめに:パラダイムシフトの只中で
前回の記事では、人生100年時代、DX化、終身雇用崩壊という三重の構造的変化が、プロティアン・キャリアを必然としていることを確認しました。本記事では、このパラダイムシフトの本質——すなわち、キャリアの設計主体が「組織」から「個人」へと移行するということの意味を、より深く掘り下げていきます。
この移行は、単に「会社に頼れなくなった」という消極的な変化ではありません。むしろ、自分の人生を自分で設計する自由を取り戻すという、積極的な解放の過程として捉えるべきです。ただし、その自由には責任が伴います。本記事では、この新しいパラダイムが私たちに何を求めているのかを明らかにしていきます。

組織主導型キャリアの光と影
「会社がキャリアを作ってくれた」時代
戦後日本の高度経済成長期、日本企業は世界でも類を見ない人材育成システムを確立しました。新卒一括採用、年功序列、終身雇用——この「三種の神器」は、企業にとっても従業員にとっても合理的なシステムでした。
企業は長期的な視点で人材を育成できました。新入社員は「白紙」の状態で入社し、OJTやローテーション人事を通じて、その会社固有のスキルと文化を身につけていきます。従業員は雇用の安定と引き換えに、会社への忠誠を誓いました。
このシステムの下では、個人がキャリアを主体的に設計する必要はありませんでした。「真面目に働いていれば、会社が面倒を見てくれる」——この暗黙の契約が成立していたからです。係長、課長、部長と、階段を一段ずつ上っていけば、それがキャリアでした。
システムの機能不全
しかし、このシステムは現在、明らかに機能不全に陥っています。
第一に、経済成長の鈍化があります。右肩上がりの成長を前提としたシステムは、低成長時代には維持できません。ポストの数は増えず、「部長待ち」の課長が滞留する組織が珍しくなくなりました。
第二に、技術変化の加速があります。かつては、入社時に身につけたスキルで定年まで働けました。しかしDX時代においては、数年でスキルが陳腐化するリスクがあります。企業特殊的なスキルだけでは、変化に対応できません。
第三に、企業の寿命の短縮があります。かつて企業の平均寿命は30年と言われました。しかし現在では、S&P500企業の平均寿命は15年程度にまで短縮しています。人の職業人生が長くなる一方で、企業の寿命は短くなっています。この非対称性が、組織依存型キャリアのリスクを高めています。

「会社は自分を守ってくれない」という覚醒
ある54歳の転換点
組織依存から個人主導への転換は、しばしば危機をきっかけに訪れます。ある実践者の体験は、この転換の本質を鮮やかに示しています。
「54歳のとき、長年勤めていた会社から降格を告げられました。30年間の企業勤続で学んだことは、『会社は、自分を守ってはくれない』ということでした」
30年間、真面目に働いてきました。会社のために尽くしてきました。しかし、54歳という微妙な年齢で降格を経験した彼は、ある事実に気づきました。会社と自分の関係は、想像していたものとは違っていたのです。
この気づきは痛みを伴います。しかし同時に、解放の始まりでもあります。「会社に守ってもらう」という受動的な姿勢から、「自分のキャリアは自分で作る」という能動的な姿勢への転換。彼はその後、「複業」という選択肢を選び、新たなキャリアを切り開いていきました。
危機が明らかにする現実
興味深いことに、COVID-19パンデミックは多くの人に同様の気づきをもたらしました。リモートワークへの強制移行、業績悪化による人員整理、事業撤退——危機的状況は、組織と個人の関係の本質を露わにします。
「会社は自分を守ってくれる」という信頼は、平時には検証されません。しかし危機において、その信頼が幻想だったことが明らかになるケースは少なくありません。
重要なのは、これを単なる「裏切り」と捉えないことです。企業もまた、変化する環境の中で生き残りをかけて戦っています。問題は、旧来の「暗黙の契約」が、もはや現実と乖離しているという事実です。

個人主導キャリアの本質
「選ぶ」側になるということ
組織主導から個人主導への転換を、ダグラス・T・ホールは次のように表現しています。キャリアの成功は、もはや組織内での地位や給与(客観的成功)ではなく、個人の内面的な満足感や成長実感(心理的成功)によって測られるべきだ、と。
この転換は、個人の「選ぶ」力を回復させます。
組織主導型キャリアにおいて、個人は基本的に「選ばれる」存在でした。どの部署に配属されるか、どのプロジェクトを担当するか、いつ昇進するか——これらは組織が決めることであり、個人にできるのは、選ばれるために努力することだけでした。
個人主導型キャリアにおいて、個人は「選ぶ」存在となります。どのような価値を追求するか、どのようなスキルを磨くか、どの組織で働くか(あるいは働かないか)——これらを自ら決定します。組織は、自己実現の「場」として選択されるものとなります。
自由と責任の表裏一体性
ただし、この自由には責任が伴います。
組織主導型キャリアには、一種の「楽さ」がありました。レールが敷かれていれば、そのレールの上を走ればよいのです。失敗しても、「会社の方針だった」と言い訳できました。
個人主導型キャリアにおいては、その言い訳は通用しません。自らの選択の結果は、自らが引き受けなければなりません。スキルが陳腐化したのも、市場価値が下がったのも、最終的には自己責任となります。
この責任の重さを、恐怖として捉えるか、自由として捉えるか。それが、プロティアン・キャリアを実践できるかどうかの分岐点となります。

企業と個人の新しい関係性
「選び、選ばれる関係」へ
個人主導への転換は、企業と個人の関係を根本的に変えます。それは、「主従関係」から「対等なパートナーシップ」への移行です。
従来の関係は非対称的でした。企業は雇用を提供し、従業員はそれに感謝します。従業員の忠誠心は当然視され、転職は「裏切り」とさえ見なされました。
新しい関係は対称的です。企業は従業員に成長の機会を提供し、従業員は企業に価値を提供します。双方が相手を「選ぶ」権利を持ち、その関係は継続的に再評価されます。
人材版伊藤レポート2.0が「選び、選ばれる関係」という表現を使っているのは、まさにこの変化を指しています。企業が一方的に従業員を選ぶのではなく、従業員もまた企業を選びます。この相互選択の中で、Win-Winの関係が構築されます。
企業側の適応
先進的な企業は、既にこの変化に適応し始めています。
カゴメは「働き方改革」をさらに進め、「生き方改革」をスローガンに掲げました。残業時間を17時間から14時間へと20%削減し、有給休暇取得率を55%から83%へと大幅に改善しました。さらに2019年からは副業制度を導入しました※1。これは、会社の時間を減らし、個人の時間を増やすことで、従業員のキャリア探索を支援する試みです。
富士フイルムは、写真フィルム市場の縮小に直面する中で、既存技術を美容や医薬品分野に転用する「両利きの経営」を実践しました。このような組織は、従業員にも「両利きのキャリア」——既存スキルの深化と新領域の探索の両立——を求め、また支援します。

40代の自律の谷を越えて
世代間で異なるキャリア自律度
興味深いことに、キャリア自律度は年齢によって異なるパターンを示します。パーソル総合研究所の調査によれば、キャリア自律度は20代をピークに、40代にかけて低下し、50代で横ばいとなる傾向があります※2。
この「40代の自律の谷」は、世代間の経験の違いを反映しています。20代は就職活動時点から「キャリアは自分で作るもの」という前提で社会に出ています。しかし40代は、旧来の組織主導型キャリアが色濃かった時代にキャリアをスタートさせた世代です。管理職への登用やキャリアの停滞という現実に直面する中で、「自律」の感覚を持ちにくくなっている可能性があります。
40代からの再出発
しかし、40代からの転換が不可能なわけではありません。先に紹介した54歳で複業に転じた実践者のように、危機をきっかけに新たなキャリアを切り開く人は少なくありません。
重要なのは、「遅すぎる」という思い込みを捨てることです。人生100年時代において、40代はまだキャリアの折り返し地点に過ぎません。残り30年以上の職業人生をどう設計するか——その問いに向き合うことが、40代からのプロティアン・キャリアの第一歩となります。
まとめ
本記事では、キャリアの主体が組織から個人へと移行するパラダイムシフトの本質を探りました。組織主導型キャリアは、高度経済成長期には合理的なシステムでしたが、現在は経済成長の鈍化、技術変化の加速、企業寿命の短縮により明らかに機能不全に陥っています。
「会社は自分を守ってくれない」という覚醒は、確かに痛みを伴います。しかしそれは同時に、自分の人生を自分で設計できる自由への第一歩でもあります。個人主導型キャリアにおいて、個人は「選ばれる」存在から「選ぶ」存在へと転換します。この転換により、キャリアの設計権が個人の手に戻ってきます。ただし、この自由には責任が伴うことを忘れてはなりません。
企業と個人の関係も根本的に変わりつつあります。従来の「主従関係」から「選び、選ばれる関係」という対等なパートナーシップへの移行です。カゴメや富士フイルムのような先進企業は、既にこの変化に適応し始めています。
データによれば40代の自律の谷が存在しますが、これは乗り越えられない壁ではありません。人生100年時代において、40代はまだキャリアの折り返し地点に過ぎず、再出発は十分に可能です。重要なのは、「遅すぎる」という思い込みを捨てることです。
出典
※1 カゴメ株式会社「統合報告書 2019」
https://www.kagome.co.jp/library/company/ir/data/integratedreport/2019/pdf/report_1.pdf
※2 パーソル総合研究所「従業員のキャリア自律に関する定量調査」
https://rc.persol-group.co.jp/wp-content/uploads/thinktank/data/career_self-reliance.pdf