企業・自治体向けに、生成AIを現場で使うための研修・ワークショップを提供。複業・自律的キャリアで「一人ひとりが能力を100%発揮できる社会」を目指しています。株式会社オモシゴ代表。複業プログラム運営、プロティアン認定ファシリテーター。複業関連サービスの情報も発信中➡︎https://x.gd/XjbHM
COLUMN 学習コンテンツ
前回の記事では、キャリアの主体が組織から個人へと移行するパラダイムシフトを確認しました。この移行に伴い、避けて通れない問いが浮上します。「成功」とは何か ~ という問いです。
組織主導型キャリアにおいて、成功の定義は明快でした。地位が上がること、給与が増えること、名刺に刻まれる肩書が立派になること。これらは「客観的成功」と呼ばれ、誰の目にも見え、比較可能な指標でした。
しかし、キャリアの主体が個人に移った今、この定義は見直しを迫られています。ダグラス・T・ホールが提唱したプロティアン・キャリアの核心には、「心理的成功」という概念があります。本記事では、この成功尺度の転換が持つ意味を探っていきます。

目次
客観的成功の限界
「勝ち組」の虚しさ
昭和から平成にかけて、ビジネスパーソンの成功は明確でした。一流大学を卒業し、一流企業に就職し、出世街道を駆け上がります。部長になり、取締役になり、社長になる。この「キャリアの階段」を登ることが、成功の証でした。
しかし、この「勝ち組」とされた人々の中に、深い虚しさを抱える人が少なくないことが明らかになっています。役員室にたどり着いても、「これが自分の望んだ人生だったのか」と問い直す人がいます。退職後に「会社人間」だった自分に愕然とする人がいます。
客観的成功は、それ自体に問題があるわけではありません。問題は、客観的成功を「目的」として追求したとき、自分自身の価値観から乖離したキャリアを歩んでしまうリスクがあることです。
比較の罠
客観的成功には、もう一つの問題があります。それは本質的に「比較」を前提としていることです。
部長になったとしても、同期が取締役になれば「負け」を感じます。年収1000万円を達成しても、隣人が1500万円稼いでいれば「不足」を感じます。客観的成功は常に相対的であり、どこまで行っても「上」が存在します。
この比較の罠にはまると、永遠に満足は訪れません。次の役職、次の年収、次のステータス ~ 常に次を追い求め、今の達成を喜べなくなります。これは「ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)」と呼ばれる現象であり、客観的成功の追求が幸福に直結しない理由の一つです。

心理的成功とは何か
ホールの定義
ダグラス・T・ホールは、プロティアン・キャリアにおける成功を「心理的成功」として定義しました。心理的成功とは、仕事を通じて得られる「誇り、自己肯定感、成長実感、満足感」といった内面的な報酬を指します。
重要なのは、心理的成功が「客観的成功の否定」ではないという点です。地位や給与を得ることが悪いわけではありません。ただし、それらは心理的成功を追求した「結果」として得られるものであり、「目的」そのものではありません。
たとえば、自分の価値観に基づいて仕事に打ち込み、顧客に価値を提供し、成長を実感している人は、結果として評価され、昇進し、収入が増えることが多いです。しかしその人にとって、昇進や収入は目的ではなく、価値提供の副産物です。
心理的成功の構成要素
心理的成功は、以下のような要素から構成されます。
1. 意味(Meaning)
自分の仕事に意味を見出していること。「何のために働いているのか」という問いに、納得のいく答えを持っていること。
2. 自己効力感(Self-efficacy)
自分には価値を生み出す能力があるという確信。困難な課題に直面しても、「きっと対応できる」と思えること。
3. 成長実感(Growth)
昨日の自分より今日の自分が成長しているという実感。新しいスキルを身につけ、新しい視点を獲得していること。
4. 自律感(Autonomy)
自分のキャリアを自分で決定しているという感覚。「やらされている」のではなく「やっている」という実感。
これらの要素は、外部から与えられるものではありません。自らの内面から湧き上がるものです。だからこそ、心理的成功は他者との比較に左右されず、持続的な満足をもたらします。

成功尺度の転換が意味すること
「自分なりの成功」の発見
成功尺度を客観的成功から心理的成功に転換することは、「自分なりの成功」を定義する自由を得ることを意味します。
組織主導型キャリアにおいては、成功の定義は所与のものでした。会社が用意した階段を登ることが成功であり、その定義に疑問を挟む余地はありませんでした。
個人主導型キャリアにおいては、成功の定義は自ら構築するものとなります。ある人にとっての成功は、専門性を極めることかもしれません。別の人にとっては、家族との時間を確保しながら働くことかもしれません。また別の人にとっては、社会課題の解決に貢献することかもしれません。
この「自分なりの成功」は、後の記事で詳述する「アイデンティティ」~ 自分は何者であり、何を大切にするのか ~ に直結しています。
報酬の再定義
心理的成功への転換は、「報酬」の概念をも拡張します。
従来の報酬は、金銭的報酬(給与、ボーナス)と非金銭的報酬(地位、肩書)に限定されていました。しかし心理的成功の観点からは、以下のような「報酬」が重要性を増します。
- 学習機会: 新しいスキルや知識を獲得できる環境
- 裁量: 仕事のやり方を自分で決められる自由
- フィードバック: 自分の貢献が認められ、成長につながる情報
- 意味: 自分の仕事が社会に価値を生んでいるという実感
- 関係性: 尊敬できる同僚や上司との協働
これらの報酬は、必ずしも給与に比例しません。年収が高くても学習機会のない仕事と、年収は控えめでも成長を実感できる仕事 ~ どちらが「成功」かは、個人の価値観によって異なります。

心理的成功と客観的成功の関係
「後からついてくる」という現象
興味深いことに、心理的成功を追求する人は、結果として客観的成功も手にすることが多いです。これは「逆説的成功」とでも呼ぶべき現象です。
自分の価値観に基づいて仕事に没頭し、成長を続ける人は、必然的に高いパフォーマンスを発揮します。そのパフォーマンスは周囲に認められ、結果として昇進や昇給につながります。「客観的成功を追いかけると逃げていき、心理的成功を追いかけると客観的成功が後からついてくる」 ~ この逆説は、多くの成功者の体験によって裏付けられています。
先に引用したパーソル総合研究所の調査も、この関係を示唆しています。キャリア自律度(心理的成功の前提条件)が高い従業員は、学習意欲が1.28倍、仕事充実感が1.26倍高いです※1。この学習意欲と充実感は、長期的にはパフォーマンスに反映され、客観的成功にもつながっていきます。
因果の逆転に注意
ただし、ここで因果の逆転に注意が必要です。「心理的成功を追求すれば客観的成功が得られる」というロジックで、客観的成功を「目的」として心理的成功を「手段」にしてしまうと、本末転倒となります。
心理的成功は、それ自体が目的です。客観的成功が後からついてくるかどうかは、結果に過ぎません。この順序を入れ替えてしまうと、結局は客観的成功の追求に逆戻りしてしまいます。

成功尺度の転換を阻むもの
社会的プレッシャー
成功尺度の転換は、理屈では理解できても、実践は容易ではありません。最大の障壁は、社会的プレッシャーです。
「いい会社に入ったね」「出世したね」「年収はいくら?」 ~ 日本社会には、客観的成功を基準に人を評価する傾向が根強く残っています。このプレッシャーの中で、「自分なりの成功」を追求するには、相当の覚悟が必要となります。
特に、親世代や上司世代は客観的成功を当然視していることが多いです。「なぜ昇進を断るのか」「なぜ転職してまで収入を下げるのか」 ~ 心理的成功を理解しない周囲からの批判や不理解は、実践者にとって大きなストレスとなりえます。
自己認識の不足
もう一つの障壁は、自己認識の不足です。
「自分なりの成功」を定義するためには、まず「自分は何を大切にするのか」を知る必要があります。しかし、組織主導型キャリアの中で「選ばれる」ことに慣れてきた人にとって、この問いに答えることは容易ではありません。
「何がしたいですか?」と問われて、「わかりません」と答える人は少なくありません。これは恥ずべきことではなく、自己認識が開発されてこなかった結果です。次回以降の記事で解説する「アイデンティティ」の探求が、この課題に対する処方箋となります。
まとめ
本記事では、プロティアン・キャリアの核心にある「成功尺度の転換」について解説しました。従来の客観的成功(地位・給与)は本質的に比較を前提としており、永遠の満足をもたらさない「比較の罠」があります。どこまで行っても「上」が存在し、ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)から抜け出せなくなります。
これに対して心理的成功とは、仕事を通じて得られる誇り、自己肯定感、成長実感、満足感といった内面的報酬を指します。心理的成功は「意味」「自己効力感」「成長実感」「自律感」などの要素から構成され、外部との比較に左右されない持続的な満足をもたらします。
成功尺度の転換は、「自分なりの成功」を定義する自由を得ることを意味します。組織が用意した階段を登ることだけが成功ではありません。専門性を極めること、家族との時間を確保すること、社会課題の解決に貢献すること ~ 成功の定義は自ら構築するものとなります。
心理的成功を追求する人は、結果として客観的成功も手にすることが多く「逆説的成功」とも呼べます。ただし因果の逆転に注意が必要です。心理的成功は目的そのものであり、客観的成功を得るための手段ではありません。
この転換を阻む要因として、社会的プレッシャーと自己認識の不足があります。次回以降で解説する「アイデンティティ」の探求が、この課題に対する処方箋となります。
出典
※1 パーソル総合研究所「キャリア自律に関する調査結果」(2021年)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000550.000016451.html