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目次
はじめに:キャリアの前提が崩れた時代
2020年、世界はCOVID-19パンデミックという未曾有の危機に直面しました。この出来事は、私たちの働き方に対する前提を根本から覆しました。リモートワークが一夜にして常態化し、「会社に通勤して働く」という当たり前が、突如として当たり前でなくなったのです。
しかし、この変化は始まりに過ぎませんでした。人生100年時代の到来、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速、そして終身雇用制度の実質的な崩壊…これらの構造的変化は、従来の「一つの会社で定年まで働く」というキャリアモデルを完全に時代遅れのものにしています。
本記事から始まる全54回の連載では、この激変する時代を生き抜くための新しいキャリア戦略 ~ プロティアン・キャリア ~ を体系的に解説していきます。プロティアンとは、ギリシャ神話に登場する変幻自在の海神プロテウスに由来する言葉であり、「環境に応じて自らを変容させる」という姿勢を象徴しています。
環境変化の三重圧力

人生100年時代の衝撃
リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが『LIFE SHIFT』で提唱した「人生100年時代」という概念は、キャリア設計の時間軸を根本的に変えました。
従来の人生設計は「教育→仕事→引退」という3ステージモデルに基づいていました。20代前半まで学び、その後40年ほど働き、60代で引退する。しかし、平均寿命が100歳に近づく時代においては、この単純なモデルは機能しません。
仮に65歳で退職したとしても、その後35年の人生が待っています。年金制度の持続可能性が危ぶまれる中、経済的にも精神的にも、65歳以降の人生をどう設計するかは切実な問題となっています。同時に、40年以上にわたるキャリアにおいて、一つのスキルセットだけで最後まで走り切ることは、もはや現実的ではありません。
DX化がもたらす職業の地殻変動
デジタル技術の進化は、職業そのものの定義を書き換えつつあります。野村総合研究所とオックスフォード大学の共同研究は、日本の労働人口の約49%が、技術的にはAIやロボットで代替可能になると予測しました※1。
重要なのは、この変化が単なる「自動化」ではなく、職業に求められるスキルの質的転換をもたらしているという点です。定型的な業務がテクノロジーに置き換えられる一方で、創造性、批判的思考、対人関係構築といった「人間らしい」能力への需要は高まっています。
つまり、今日有効なスキルが明日も有効であるとは限りません。変化する環境に応じて、継続的に自己を更新していく能力。これこそが、DX時代を生き抜く鍵となります。
終身雇用の終焉
かつて日本企業の強みとされた終身雇用制度は、実質的に崩壊しつつあります。経団連の中西宏明元会長(当時)が「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきている」と発言したことは、この変化を象徴的に示しています。
厚生労働省の「令和4年 雇用動向調査」によれば、2022年の入職率は15.2%、離職率は15.0%に達しています※2。約497万人が「転職入職者」として新たな職に就いており、労働市場は活発に流動化しています。もはや一つの組織にキャリアの全てを委ねることは、戦略的に見てリスクの高い選択となりました。
キャリア自律への構造的要請

企業側の変化:人的資本経営の台頭
この環境変化を受けて、企業側もキャリアに対する考え方を転換しつつあります。経済産業省が主導した「人材版伊藤レポート2.0」は、人材を「コスト」ではなく「資本」と捉え、人的資本への投資が企業価値向上に不可欠であると明記しました※3。
HR総研の2023年調査によれば、従業員1,001名以上の大企業において、62%が「キャリア自律」施策に取り組んでいると回答しています※4。企業は、従業員が自らのキャリアを主体的に設計することを、もはや「福利厚生」ではなく「経営戦略」として位置づけ始めているのです。
個人側の実証:キャリア自律とパフォーマンスの関係
興味深いことに、キャリア自律は単なる精神論ではなく、実際のパフォーマンスに直結することが実証されています。
パーソル総合研究所の2021年調査(n=10,000)によれば、キャリア自律度が高い従業員は、低い従業員と比較して「学習意欲」が1.28倍、「仕事の充実感」が1.26倍高いことがわかっています※5。さらに重回帰分析の結果、学習意欲に対するキャリア自律の影響力(標準化偏回帰係数0.414)は、「会社へのコミットメント」(0.243)や「会社満足度」(0.198)を大きく上回っていました。
このデータが示す事実は重要です。すなわち、学習意欲や充実感を引き出す上で、「会社への受動的な満足」よりも「自らのキャリアを主体的に決定している」という能動的な感覚の方が、はるかに強い影響力を持つのです。
プロティアン・キャリアとは何か

概念の起源
プロティアン・キャリアは、ボストン大学の組織心理学者ダグラス・T・ホールが1976年に提唱した概念です。ホールは、キャリアの主体が組織から個人へと移行する時代において、自己のアイデンティティに基づき、自己成長のために変化していくキャリア形態を「プロティアン・キャリア」と名づけました。
ギリシャ神話のプロテウスは、自らの姿を自在に変える能力を持つ海神です。この神話になぞらえ、プロティアン・キャリアは「環境変化に応じて自らを変幻自在に適応させながらも、内面的な自己(アイデンティティ)は一貫して保持する」という特性を持っています。
従来型キャリアとの対比
プロティアン・キャリアを理解するために、従来の「組織主導型キャリア」との対比が有効です。
組織主導型キャリアでは、キャリアの設計主体は組織にあります。会社が用意したキャリアパスを歩み、成功の尺度は地位や給与といった「客観的成功」で測られます。個人は組織への忠誠と引き換えに、雇用の安定と段階的な昇進を期待できました。
プロティアン・キャリアでは、キャリアの設計主体は個人にあります。自らの価値観とアイデンティティに基づいてキャリアを設計し、成功の尺度は内面的な満足感や成長実感といった「心理的成功」で測られます。組織は、自己実現の「場」として選択されるものとなります。
この転換は、単なる価値観の変化ではありません。先に見たように、人生100年時代、DX化、終身雇用崩壊という構造的変化が、この転換を必然としているのです。
早稲田実業の教育実践が示す希望
プロティアン・キャリアの考え方は、すでに教育現場でも実践されています。2024年度、早稲田実業高等部では2年生を対象に「早稲田実業キャリアデザインゼミ」が正規カリキュラムとして実施されました。
このゼミに参加した生徒たちの声は示唆に富んでいます。
- 「学部選択でこの先の人生すべてが決まるわけではないことを学んだ」
- 「人生のレールは『好き』に合わせて乗り換えられることに気づいた」
- 「あまり重く考え過ぎなくなった。自分で自分の可能性を狭めることがなくなった」
引用元:https://protean-career.or.jp/protean-education
これらの声は、プロティアン・キャリアの本質を端的に表しています。一つの選択が人生を決定づけるわけではありません。変化は脅威ではなく、新たな可能性への入り口なのです。
まとめ

この記事では、プロティアン・キャリアが現代において必要とされる背景を解説しました。人生100年時代、DX化、終身雇用崩壊という三重の構造的変化が、従来の「組織依存型キャリア」を時代遅れにしています。この変化は単なるトレンドではなく、構造的で不可逆的なものです。
企業側もこの変化を認識しており、大企業の62%がキャリア自律施策に取り組んでいます。さらに重要なのは、キャリア自律が精神論ではなく実際のパフォーマンスに直結することです。キャリア自律度が高い従業員は、学習意欲が1.28倍、仕事充実感が1.26倍高いことが示されています。
プロティアン・キャリアとは、環境変化に応じて自らを変容させながらも、内面的なアイデンティティは一貫して保持するキャリア形態です。ギリシャ神話の変幻自在の海神プロテウスに由来するこの概念は、変化の激しい時代を生き抜くための新しいキャリア戦略を提供します。
この変化は脅威ではなく、自分の人生を自分で設計できるようになるという解放です。早稲田実業の生徒たちの声が示すように、一つの選択が人生を決定づけるわけではありません。変化は新たな可能性への入り口なのです。
次回予告
W2「キャリアの主体は『組織』から『個人』へ」では、組織主導型キャリアからプロティアン・キャリアへのパラダイムシフトをより詳細に分析し、なぜ今、個人がキャリアの主導権を取り戻す必要があるのかを探っていきます。
次のアクションへ
この記事は「プロティアン・キャリア戦略ロードマップ」全54回連載の第1回(第1部:基礎理論とマインドセット変革)です。
→ 次回:「キャリアの主体は「組織」から「個人」へ」
この記事で学んだことを、ぜひ実践してみてください。小さな一歩が、キャリアを変える大きな変化につながります。
出典
※1 野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に」(2015年12月2日)
https://www.nri.com/content/900037164.pdf
※2 厚生労働省「令和4年雇用動向調査結果の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/doukou/23-2/dl/gaikyou.pdf
※3 経済産業省「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月13日)
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220513001/20220513001.html
※4 HR総研「人的資本価値の最大化に向けたキャリア自律に関する調査」(2023年)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000048.000041222.html
※5 パーソル総合研究所「キャリア自律に関する調査結果」(2021年)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000550.000016451.html