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COLUMN 学習コンテンツ
経営学では「両利きの経営(Ambidexterity)」という概念が注目されています。
既存事業の「深化(Exploitation)」と新規事業の「探索(Exploration)」を同時に追求する経営戦略です。この概念は、組織だけでなく個人のキャリアにも適用できます。
本記事では、「両利きのキャリア」——既存スキルの深化と新領域の探索を両立させる戦略——を解説します。
目次
両利きの経営から両利きのキャリアへ

組織における両利きの経営
スタンフォード大学のチャールズ・オライリーとハーバード・ビジネススクールのマイケル・タッシュマンが提唱した「両利きの経営」は、成熟企業が持続的に成長するための戦略的枠組みです。
深化(Exploitation) は、既存の事業やスキルを効率化し、収益を最大化する活動を指します。既存顧客への対応、現行製品の改善、業務プロセスの効率化などが含まれます。
探索(Exploration) は、新しい事業機会や技術を発見し、将来の成長の種を蒔く活動です。新市場への参入、新技術の開発、新しいビジネスモデルの実験などが含まれます。
両利きの経営が難しいのは、深化と探索が求める組織能力が異なるからです。深化は効率性と確実性を重視し、探索は柔軟性と実験を重視します。多くの企業は、どちらか一方に偏ってしまいます。
個人キャリアへの適用
この枠組みを個人キャリアに適用すると、「両利きのキャリア」という概念が浮かび上がります。
キャリアの深化 は、現在の専門領域において、スキルを磨き、経験を積み、専門家としての地位を確立することです。
キャリアの探索 は、現在の専門領域とは異なる新しいスキルや知識を習得し、将来のキャリアの選択肢を広げることです。
乗算戦略(アイデンティティ × アダプタビリティ)の文脈でいえば、深化はアイデンティティの強化、探索はアダプタビリティの発揮に対応します。
深化と探索のバランス

70:20:10の法則
両利きのキャリアを実践するための一つの目安が「70:20:10の法則」です。
ここで紹介する比率は、「70:20:10の法則(ロミンガーの法則)」と呼ばれる学習と開発のモデル(実務経験70%、対話20%、研修10%)を参考に、キャリア開発における「深化と探索のバランス」として独自に再解釈しました。
この比率は厳密なものではありませんが、バランスの指針としては参考にしました。深化に100%を投じると、環境変化への対応力を失います。探索に100%を投じると、専門性が浅くなり差別化できません
- 70%:現在の専門領域における深化に投資します
- 20%:隣接領域(現在の専門と関連する領域)の学習に投資します
- 10%:全く新しい領域(専門外)の探索に投資します
この比率は厳密なものではありませんが、バランスの指針としては有用です。深化に100%を投じると、環境変化への対応力を失います。探索に100%を投じると、専門性が浅くなり差別化できません。
キャリアステージによる調整
ただし、この比率はキャリアステージによって調整が必要です。
20代〜30代前半
探索の比率を高めます(60:25:15程度)
キャリアの初期段階では、自分のアイデンティティがまだ確立されていないことも多いです。様々な領域を探索し、自分に合った軸を見つけるプロセスが重要です。
30代後半〜40代
深化の比率を高めます(75:15:10程度)
キャリアの中盤は、専門性を確立し、市場での差別化を図る時期です。深化に重点を置きながらも、探索の種は継続して蒔いておきます。
50代以降
再び探索の比率を高めます(65:20:15程度)
人生100年時代においては、50代以降も20〜30年のキャリアが残っています。既存の専門性を活かしながらも、次のキャリアステージに向けた探索が重要になります。
深化の実践

専門性の「層」を増やす
深化とは、単にスキルを磨くことだけではありません。専門性の「層」を増やすことでもあります。
例えば、マーケティングの専門家を考えてみましょう。
第1層:マーケティングの基本理論(4P、STP等)
第2層:特定領域の専門知識(デジタルマーケティング、ブランディング等)
第3層:業界知識(IT業界、製造業等の特性)
第4層:実践知(成功・失敗の経験、勘所)
深化とは、これらの層を積み重ねていくプロセスです。第1層だけでは代替可能ですが、4層すべてを持つ人材は希少であり、市場価値が高いです。
意図的な練習
心理学者のアンダース・エリクソンが提唱した「意図的な練習(Deliberate Practice)」は、深化を加速させる方法論です。
意図的な練習の特徴は以下の通りです。
- 明確な目標設定
「コミュニケーション力を上げる」ではなく、「プレゼンの冒頭1分で聴衆の関心を引く」のように具体的に設定します - 即時フィードバック
自分の行動の結果を素早く知り、修正します - コンフォートゾーンの外
楽にできることを繰り返すのではなく、少し難しいことに挑戦します - 反復
短期間で多くの試行を行います
単なる「経験」は必ずしも専門性を高めません。意図的な練習を伴う経験だけが、深化につながります。
探索の実践

「隣接可能性」から広げる
新しい領域の探索は、いきなり未知の領域に飛び込むよりも、「隣接可能性(Adjacent Possible)」から始めるのが現実的です。
隣接可能性とは、現在の知識やスキルから自然につながる新しい領域のことです。例えば、会計の専門家であれば、以下のような隣接領域があります。
- 経営企画(数字を経営判断に活かす)
- IT(会計システム、データ分析)
- 法務(会社法、税法)
- ファイナンス(投資、M&A)
隣接領域への探索は、既存の専門性を活かしながら新しい能力を獲得できるため、リスクが低く、シナジーを生みやすいです。
10%ルールの実践
全く新しい領域の探索には、「10%ルール」を適用します。
週40時間働くとして、その10%(4時間)を、現在の仕事と直接関係のない学習や活動に充てます。月に換算すれば約16時間、年間で約200時間になります。
この200時間は、新しいスキルの基礎を習得するには十分な時間です。オンライン講座であれば、1つのコースを完了し、基礎的な実践経験を積むことができます。
重要なのは、この10%の活動を「無駄」と見なさないことです。短期的には現在の仕事に直結しないかもしれませんが、長期的にはキャリアの選択肢を広げる「保険」として機能します。
両利きのキャリアを阻む障壁

短期成果へのプレッシャー
多くの組織では、短期的な成果が評価されます。探索は短期的には成果が見えにくいため、後回しにされがちです。
この障壁を乗り越えるには、探索を「業務外の時間」に行うか、探索自体を「深化に貢献する活動」としてフレーミングする必要があります。例えば、新しいツールの学習を「業務効率化のための実験」として位置づけるなどの工夫が有効です。
専門性への固執
自分の専門領域に強いアイデンティティを持つ人ほど、探索に抵抗を感じることがあります。「自分はマーケターだから、技術のことは関係ない」という思考です。
しかし、プロティアン・キャリアにおけるアイデンティティは、「職種」ではなく「価値観」です。「マーケターである」ではなく、「顧客価値を創造する」という価値観を持っていれば、技術を学ぶことも顧客価値創造の手段として統合できます。
まとめ
本記事では、経営学の「両利きの経営」を個人キャリアに適用した両利きのキャリアという概念を解説しました。両利きのキャリアとは、既存スキルの「深化」と新領域の「探索」を両立させる戦略であり、プロティアン・キャリアにおける乗算戦略をさらに具体化したものです。
実践のバランスとして70:20:10の法則を提示しました。深化に70%、隣接領域に20%、新領域に10%という比率は、あくまで目安ですが、キャリアステージによって柔軟に調整する必要があります。20代〜30代前半は探索の比率を高め、30代後半〜40代は深化に重点を置き、50代以降は再び探索の比率を高めるという変化が推奨されます。
深化の実践においては、単にスキルを磨くだけでなく、専門性の「層」を増やすことが重要です。基本理論、特定領域の専門知識、業界知識、実践知という4つの層を積み重ねることで、代替困難な市場価値を構築できます。アンダース・エリクソンが提唱した「意図的な練習」は、深化を加速させる方法論として有効です。
一方、探索の実践においては、いきなり未知の領域に飛び込むのではなく、「隣接可能性」から始めることが現実的です。週40時間のうち10%(約4時間)を、現在の仕事と直接関係のない学習に充てる「10%ルール」を継続することで、年間約200時間の新領域学習が可能になります。これは新しいスキルの基礎を習得するには十分な時間です。
最後に、両利きのキャリアを阻む2つの障壁——短期成果へのプレッシャーと専門性への固執——についても触れました。これらの障壁を認識し、探索を「無駄」ではなく「長期的な保険」として位置づけることが、両利きのキャリアを実現する鍵となります。